てんこもり。 【ラウンジ】一番楽しかった「あの日」はなんですか?

【ラウンジ】一番楽しかった「あの日」はなんですか?

1 名前: 22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/06/09(土) 01:39 ID:.TSdBNgU
俺は高校二年の夏休み。
暇で暇で仕方なくて、ひょんな事から清川村の虹の大橋まで
原チャでツーリングした。2時間かけて帰ってくると何故か
地元の橋が大渋滞していて、轟音に驚いてふと見上げると
花火が輝いていた。

今でも鮮明に覚えてる?みんなはどう?


4 名前: 22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/06/09(土) 01:42 ID:???
高校の部活の合宿。
みんなでバカ騒ぎしたり。
高原の原っぱでねっころがりながら空の雲を見て、
ずっとこの時間が続くわけじゃないことを突然悟って泣きそうになった。


7 名前: 22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/06/09(土) 01:45 ID:???
初めてつき合ったカノージョと初めてホテルに行った日。
朝になって二人で飯を食ってから近所の市民球場で
ずっとボーっとしていた。まだ夏の陽射しが残っていて
暑かったけど、木陰で彼女の膝枕でいつの間にか
ウトウトしていた。

幸せだった。


8 名前: リトマス紙 投稿日:2001/06/09(土) 01:45 ID:???
高3の学祭前夜
クラスの連中と教室に泊まり込んで酒飲んで騒いで
それから深夜、みんなで語った。愛とか人生とかな
思い出深い夜だったよ


10 名前: 22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/06/09(土) 01:48 ID:???
大学内の全スキーサークルが集まる大会。
他サークルの友人・先輩・後輩たちと、飲んで騒いで。
シーズンが終わって、次の日からまた普通の生活に戻るのが切なかった。


13 名前: seizi(゚;゚)ゞNWTcc-19p73.ppp11.odn.ad.jp 投稿日:2001/06/09(土) 01:50 ID:???
家にPCが届いた日


15 名前: マミーポコ 投稿日:2001/06/09(土) 01:53 ID:???
学園祭最終日の演劇の時に、好きだった
子と手をつないだ。


20 名前: 遠藤雅伸 ★ 投稿日:2001/06/09(土) 02:19 ID:???
う〜ん、息子が生まれた日か、結婚した日のどっちかだな。


31 名前: 22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/06/09(土) 02:53 ID:9YRYrFCg
高校の文化祭の後 みんなで海にいって
初めて酒とタバコの味を知った。
男ばっかだったけど飽きることなかった。
夜になって誰もいない砂浜で寝転がってだべってた時
空に星がいっぱいですごい素直にキレイだって思えた。


33 名前: バレバレくん 投稿日:2001/06/09(土) 03:01 ID:???
何年も前の夏休みに某テーマパークでバイトしててさぁ

昼間はクソ混雑&クソ暑さで死にそうだったんだけど
日が落ちてやっと暑さ&混雑から解放されてね
いい感じに暇になった7時半頃

遠くからかすかにパレードの曲が聞こえてさ
「あぁ、夏は夜とはよく言ったモンだなあ...」なんてマターリしてた

そして8時半頃
大音響と共に空を染める花火を見てたら
何でか解らないけど涙がボロボロこぼれ初めてまいったなぁ

あの夏、本当に満ち足りた時間というのが存在するんだと知ったよ


47 名前: taro0 投稿日:2001/06/09(土) 09:44 ID:???
高校最後の文化祭、下らないお喋りばかりしていた友人らと集まり、
催し物をやった。意外の盛況で、盛り上がっていた最中に、
「あ、もうこんな時間は二度と無いんだな」と感じた。
夏休み最後の夕方みたいなもんかな。


60 名前: 金魚草 投稿日:2001/06/09(土) 13:44 ID:???
初めて好きになった女性と、大きな公園に遊びに行った日。
あまりにも天気がよかったのか、芝生で眠り始めてしまった彼女の隣で所在なく
そわそわしながら、「あぁ、僕はこの子のことが好きなんだなぁ」ってずっと
彼女の顔を見てた。
その日に食べたちょっと冷めてしまったマクド。人生で一番思い出深い食事。


61 名前: 22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/06/09(土) 13:44 ID:???
20の時、友達の大学のゼミ室で飲んで歌っての大騒ぎ。
しまいにはチンコ出す奴とかロケット花火打ちまくるやつとか出てきてサイコーに楽しかった。
騒ぎも終って片付けして、親友のヒデと肩組んで校舎出たらちょうど日の出が。しばらくぼーっとして
た。
そん時初めて、このまま時間が止まれば、このまま20歳でいれたらって思って涙が出そうになった。



68 名前: 22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/06/09(土) 14:22 ID:???
初めて好きになった子とときどき食事に行った。
その子、変な店ばっか知ってて鳥のお尻の肉とか
食べさせられた。でもメニュ見ても妙に食べたい
もんが一致してるんだよなぁ。僕はその子の話を
聞くのが好きで、一晩中、話していたいと思った。


69 名前: いっち@渋谷 投稿日:2001/06/09(土) 14:22 ID:uQyOSrQo
楽しかったというか、一日だけ私が主役になった日。
平成3年4月21日(日)大安
「すっぴんできてください」と言われてすっぴんで朝の電車に乗り込み、
緊張しながら会場に逝きました。
嬉しくて恥ずかしくて、でも待ちに待ったこの日。
その日、私は「うち掛け」「色うち掛け」「ウェディングドレス」「カクテルドレス」
これだけお色直しをしました。
みんなより高いところに座り、みんながニコニコして私たちを見ていました。
元だんなも参加した人も、こんなことになってごめんなさいね。
この日のことだけは相手が変わろうとも、一生忘れられない思い出。


72 名前: 22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/06/09(土) 14:35 ID:???
初めてお付き合いした相手の家に遊びに行った日。
時間を忘れるくらいマターリしてた。
帰る頃には日が暮れ始めてたけど、離れたくなかった。
送ってもらう途中、人通りの少ない道端で自転車を止めて、抱き合ってた。
夕闇で薄暗い中、恥かしくて余計に赤く染まった顔と相手の温かさに包まれてた。
相手のぬくもりを直に感じて嬉しかった。
自分の家に着いた頃にはすっかり星空が顔を見せていた。

戻ることはない思い出の1ページ 懐かしいなぁ。


73 名前: 22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/06/09(土) 15:38 ID:oR0j9UOQ
高1の時。
いつもの様に部活の土曜練習に行ったらその日の練習は休みで体育館には誰もいなかった。
あぁ、そう言えば昨日練習の時に顧問の先生が言ってたっけ。
誰もいない体育館でしばらくボーッとしていたら、息を切らして女子が一人駆け込んで来た。
好きだった先輩だった。「ハァ。遅刻しちゃった。あれ?みんなは?」「今日、休みです…」
その後、二人きりでずっと体育館で色々話し合った。
結局最後まで「好きです」とは云う事出来なかったけど、
あの日は神様がくれたプレゼントだと今でも思っている。


74 名前: 22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/06/09(土) 15:58 ID:???
俺が中学生くらいだったころ雑種の犬飼ってた。
そいつとよく散歩に行ってたが、お気に入りだったのは小高い所に立ってるお寺だった。
夏の夕方にいつものように犬と散歩がてらそのお寺を登ったら、
すごくキレイな夕日が見えた。あまりにキレイだったので見とれてたんだけど、
気づいたらうちの犬も一緒になって夕日に見とれてた。
そこから見る町並みは夕日が当たって幻想的で、まるで時間が止まってるようだった。
そばの木に止まってる鳥達も夕日に見とれてるような気がして、
「あ〜、みんなこの瞬間を共有してるんだぁ〜・・・」って思うと思わず泣きそうになった。
今はもう犬は死んじゃったけど、夏の夕日を見ると、あの日をふっと思い出すなぁ。


79 名前: 22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/06/09(土) 16:35 ID:/yPZt3oM
初めてつきあった子と別れて、でもなかなかお互い離れられなかった頃に
「最後に二人で遊ぼう」つって、隣の県まで自転車二人乗りで遊びに行った。
そんで3時間以上かけてやっと着いて、一通りブラブラしてさて帰るかって時に
イキナリ自転車が壊れて乗れなくなって。
「電車で先に帰ってろよ」って言っても聞かなかったその子と
結局何時間も何kmも、自転車ひいて帰ってきたよ。
地元に着いた頃にはもうすっかり夜になってた。

あの後色々あったあげくその子とはもう会わなくなったけど、
あの日の事は忘れられないです。


84 名前: ぱむ@AirFixation 投稿日:2001/06/09(土) 17:04 ID:???
>>4と似てるんだけど、
高校の時の部活がらみのことは今でも全ていい思い出。
多分、人生で一番楽しかった頃になるんだろうなぁ。

最後の大会遠征、宿舎で最後の夜。
とても仲良しだったうちら3年は、みんなで宿舎の外に出た。
少し歩いて公園みたいなところに行って、しばらくみんなで騒いでた。
ふと会話が止まって、なんだか涙が出てきた。
気づけばみんなも泣いていた。
男子の部長をしてた人が「ありがとうな」とつぶやいた。
空を見上げると満天の星。涙が止まらなくなった。


111 名前: 禽ロ・什洌ン(叨ウ 投稿日:2001/06/10(日) 01:00 ID:???
じいちゃんが死んで葬儀があったときに、いとことかと一緒に騒いだり酒飲んだりしたことかな。
大人にとっちゃ葬式ってそれなりに辛いものだけれど、子どもの格好の遊び場だったりする。
小学6年くらいの俺は年上のいとこたちとか、親戚だけど顔見たことのない子とかと一緒に寺で遊びまく
って、その時始めてビールとかいろんな酒を飲んだ。
夏の蒸し暑い夜に酔って騒ぎまくった思い出は、自分の中ではビールの苦さに結びついているように思
う。今でもビールを開けて一口めを飲むと、夏の乾いたアスファルトとか線香の匂いとかを思い出して
しまう。

でもその翌日に焼かれて灰になったじいちゃんを見て無言になった。あまりにじいちゃんと灰が結びつ
かなかったから泣くことさえ出来なかった・・・


114 名前: 22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/06/10(日) 01:20 ID:???
大学のスキー部でシーズン最後の大会が終わった日の夜に
雪の上でみんなでビールかけしたことかな。
2ヶ月近く雪山に篭って、ストレスたまってたからメチャ気持ちよかった。
ビールかけなんてこの先一度もやらないだろうな・・・クラブ辞めたから(藁


124 名前: 22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/06/10(日) 03:37 ID:???
片思いしてたとき。
「好き」だとか「嬉しい」とか、いつも『プラスの感情』を持っていられた。
付き合ってからの「苦しい」とか「嫉妬」とか、そういう『マイナスの感情』を
知らなかった、そんな片思いをしてたときが一番楽しかったよ。


133 名前: 22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/06/10(日) 14:23 ID:???
コンプレックスは大きな口だと言ったら
ジュリアロバーツみたいでいいじゃん
と言われた。泣きたいほどうれしかった。
あの日のデートが一番楽しくてよく笑った。


134 名前: 名無しさんのレスが読めるのは2chだけ! 投稿日:2001/06/10(日) 17:34 ID:???
やっぱ俺も高校三年生の時かな。
部活でサッカーしてて、県大会の一回戦で負けた。
その後に皆で飲みに行ったんだがなぜかあんまり盛りあがらない。
でもここで帰るのも気が引けるということでチーム内のお寺の息子の家に泊まる事になった。
大広間でみんなで輪になってずっと今までの事を話してた。
公立高校だったのでまあ県大会まで行った事には満足したつもりだったが
その頃に悔しさも込み上げてきたりと、話題は尽きなかった。マネージャーは隅で寝てた。

その後気付いたら夜も明けてきて、河川敷にいって皆で朝日を見た。
バカみたいに「うおー」とか叫ぶ奴もいた。
帰ったら住職さんたちが朝御飯用意してくれてて皆で食べた。
今思うと高校の卒業式よりも感動した一日だったと思う。


でも今は大学休んでひきこもり(藁


143 名前: 22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/06/10(日) 22:10 ID:???
俺もあるなあ…楽しかった日。思い出に近い話だが。
中三の夏休み、学校行事で海に行った時のこと。
二泊三日の旅行で、最後の日の日の出前、もう帰るのかと寂しく思い1人何気に外に出た。
先生に見つからないように海岸まで行き、散歩していたら人影があった。
誰かと思い見てみたら他のクラスの女子が1人いた。
お互い一度同じクラスになっただけの関係だったが、旅行最後の日で寂しいからなのか、
自然にさりげない会話しながら一緒に海岸を散歩し、旅行中の楽しかったことを話したりした。
少し経つとだんだん日が昇ってきて、2人立ち止まって日の出を見ていた。
その後別れ起床時間まえに部屋にもどり、何もなかったように過ごした。
その女子とはそれから何の関係も無かったが、あの日見た日の出は忘れられない。
少し気になってた女子だったし、偶然に感謝したよ。その後が無く綺麗な思い出でいられたのも良かっ
た。


146 名前: 22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/06/10(日) 22:47 ID:rzTJ2zws
付き合い始めから遠距離恋愛で、いまいちラブラブになれずにいた頃の
夜の電話で、食べ物の好き嫌いが多い彼女を説得させようと思わず
「親の好き嫌いは子供にも影響するだろ?」と言ってしまった。
何かを悟ったような彼女の「うん、わかった」って返事は今までで一番素直だった。

おかげさまで先月元気な長男が生まれました。


175 名前: 七瀬 投稿日:2001/06/11(月) 23:56 ID:fGJZlyQY
プロポーズされた時。
顔がカーッと真っ赤になった。
幸せです。


177 名前: 22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/06/12(火) 01:22 ID:???
中1の時、仲の良い友達4人で富士山に登った。
中学生同志で富士山に登るなんて、今考えたら変な話だが、休み時間に『やっぱ日本一には登らんと』というよくわからん理由で夏休みに登りにいった。
俺を含め3人は普段運動が得意で頭が弱い典型的なスポーツ馬鹿だったが、あとの一人はどちらかというと運動オンチで体も弱く、俺達はそいつには行くのを辞めるように勧めた。
そいつも『足手まといになるのは嫌だな』と言いながら、ちょっと悲しい顔をした。

その日の夜、そいつの(分かりにくいからイニシャルでS)の母親から電話があって、
『一緒に登らせてやれないかな?』と言われ、俺はちょっと躊躇したが他の2人を説得するのを約束して電話を切った。
次の日の朝、Sは『昨日おかんが変な電話したらしいけど、ゴメンな』と申し訳なさそうな顔で俺に話し
掛けてきた。
『ええやん 一緒に登ろうや!』と言うと、『ほんまに?』と満面の笑みで喜んだ。
待望の夏休みになり、4人で富士山の五号目まで行くバスに乗って、富士山を目指した。4人ともやけに興奮していてしゃべり続けていた。特に普段4人のツッコミ役でボソボソとしかしゃべらないSが一番大きな声でしゃべっていた。

5号目〜6号目〜7号目までは登山とはいえ、まだ緩やかな坂道でS君も息を切らせながらもなんとか登っていたが、7号目〜8号目になると斜面もきつくなり、みんなでSのペースに合わせながら一緒に登った。
8号目につくと今日の寝床がある。8号目の宿だ。そこで夕飯をとる、といってもレトルトのカレーだっ
たが、うまいうまいといいながら、みんなでほうばった。飯を食った後、砂まじりの布団に潜り込み、『明日は晴れてご来光が見れるとええな!』などとはしゃいでいた。俺はちょっと青白い顔をしていたSが心配になり、『大丈夫か?』
と聞くと、『大丈夫や!』と青白い顔をしてSは答えた。


178 名前: 22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/06/12(火) 01:23 ID:???
S君に起こされ、夜中に宿を出る。夜が明けるまでに頂上にたどりつくためには、夜中に出ないと間に合わない。
9号目に差し掛かったところでSがうずくまって歩けなくなった。どうやら酸欠状態になったらしく、俺
は8号目の宿まで酸素の缶スプレー(名前は知らない)を走って買いに戻った。S君は苦しそうにしていたが、大分マシになり、再び頂上を目指し始めた。そしてようやく頂上についた。

頂上ではご来光を拝むための人だかりができていて、俺達もそのなかに混ざった。
数分後、空が白みはじめると、雲の中から太陽が姿をあらわした。
『スゴイな』と俺が言うとSは嬉しそうに『うん』と言った。
その時の喜びは今まで生きてきた中でも最高だ。

高校になると、4人ともバラバラになり、Sは親の都合で東京に引っ越した。
でも高校に入ってからも、他の3人とはちょくちょく会い、Sとはたまに電話で近況報告をしたりしてい
た。
Sはいつも自分の近況報告はせず、富士山の時の思い出話をすることが多かった。
その後、俺は浪人生で受験の真っ只中、Sに連絡することも忘れていた時にSの母親から連絡があった。

『今日息をひきとってな。。。あの子、いつも富士山の時の話ばっかりしてたわ ありがとうな あり
がとうな・・・・』
と泣きながら俺に礼を言っていた。俺が『死んだってどういうことですか!? 』というとSの母親は本
当のことを話してくれた。


179 名前: 22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/06/12(火) 01:25 ID:ntLjasBA
Sはすでに高1の終わりに、病気で高校に行かなくなり、ずっと家で静養していて、ここ数ヶ月はずっと
状態が悪く、今日息を引き取ったということだった。
電話を切った後、不思議と涙は出なかった。というより、急過ぎてなにが起こったのかわからなかった

数日立ってから、富士登山の時の写真をみたときに涙があふれてきて、涙が止まらくなった。

Sが『うん』といったあの時の嬉しそうな顔は今でもあの時のまま、俺の記憶に焼き付いている。

長々とゴメン
上でいい話を聞いたので、Sのことを書きたくなって、書いてみたら長くなりすぎた。
文中にも書いてあるけど、スポーツ馬鹿なので許してくれ



218 名前: てぃんぽの先から修正液 投稿日:2001/06/12(火) 19:35 ID:???

高校3年の夏だった。いつも遊んでいた連中の1人が
車の免許を取った。そいつの兄貴に車を貰って
毎日金も無いのにただただ、いろんな所を走り回ってた。
山下公園でナンパした女の子達と調子コイて箱根に
行った。が、1号線の山頂でガソリンなくなった。
しょうがないから男女6人で思いハイエースを延々と
押しながら、初めて知り合った子達と仲間の話や
恋愛の話で大声で盛り上がった。
1時間ほど押した辺りでレッカーの看板と公衆電話を
見つけた。けど、誰かがともなく「このまま行こう」って
言い出して、また笑いながら車を押しつづけた。
更に1時間ほど押してようやく下りっだって所で
全員バテバテに。それでも疲れてる筈なのに大声で
笑いながら、騒ぎながらずっと喋ってた。
暫くそのまま佇んでいたら、通りかかった地元の
人が、ガソリンを少し分けてくれて(なんか灯油
ポンプみたいなのを持ってた)、エンジンが
かかったときに全員で「わ〜〜やった〜〜!!」って。

それから10年後、その女の子達の1人と運転していた
やつは、2人の子供に恵まれて幸せな日々を送っている。

長文スマソ。まんがチックな話だけど思い出しちまった。


273 名前: 22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/06/13(水) 07:27 ID:y6jWktVw
厨房の頃、ふと手にした釣り雑誌にマイナーな池が載ってた。
当時バス釣りにはまってた俺らは次の日曜に行くことにした。
場所は奈良と大阪の県境。
大阪市に住んでるのだが、直線距離にすると20kmくらい。
2時間あれば着くだろうと思って朝から出発。
ところがとんでもなく坂がきつくて、チャリンコで登れないんだな、これが。
しかたなく押して歩いて、到着は5時間後。
疲労と睡眠不足でフラフラになって釣りを開始するが全く釣れず。
夕方になって諦めて帰る時に、山の上から眺めた夜景がムチャクチャ綺麗で鳥肌が立った。
「ウギャーーー!!」って叫びながらみんなで坂を駆け下りた時、
今日は釣れなかったけど来て良かったな、と心から思った。


292 名前: 22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/06/13(水) 22:47 ID:???
目茶苦茶仲が悪かった家族と攻防(1年)の時だったが
何をトチ狂ったのか(あの頃はそう思っていた)
”かあさんの誕生日だからお祝いだ”等と行って全員で外食した。
恥ずかしい事なんだが、ほぼ毎日大声で全員が喧嘩していた
ドキュソ家族だったもんで まあ・・・喧嘩すると思ってたんだよ。
(結構外でも喧嘩するダメ家族なもんでな)

・・・でもその日はちょっと違った。
普通に家族で笑いながら仲良く仲良く飯喰って、弟なんか贈り物なんか
しちゃってさ、親父も「お前これ喰いたいか?」なんてかあさんを気遣っちゃっていた。
俺なんかその時の外食代を払っちゃったりして自分の中で
「俺払っちゃったりしてるよ!家族のために?何じゃそりゃ!?」
とか動揺していた。
何か全員軽く緊張しちゃっていたな・・・もちろん俺もだが(笑)
帰りの車の中でなんて全員黙っちゃっててかなり端からみると笑える感じだと思う。
なんか「今日は楽しかったな・・・家族って結構良いじゃん?」
なんて薄く思ったりした。

その日を境に家族の喧嘩率が激減した。
もうそれは恐ろしいほど喧嘩しなくなった。

俺も新しい家族を作った去年位にその頃の気持ちを思い切って親父に話してみたら
「俺はあの時、凄く緊張した。
あの時は最後までみんなと仲良くしたい!なんて思ったんだよ」

ああ・俺だけじゃなかったんだなって思った。
家族全員には確かめてないが、なんつーか家族全員が
その時凄く楽しかったんだと今でも思っている


301 名前: 本みりん 投稿日:2001/06/13(水) 23:55 ID:???
中学校の卒業式の日に、友達12,3人で自転車で海見に行った。
3時間くらいかかって、着いたのは夜中の3時くらいだったかな。
別に何するってわけでもなかったけど朝まで海辺で語ったり
馬鹿みたいに騒いでた。馬鹿やりながらもぼんやりと
「こうして集まって海に行くことはこの先ないんだろうな」って
思っていた。凄く切なかったけれど、凄く楽しかった。

今では疎遠になってしまったけれど、いつまでも忘れられない
思い出になってます。


332 名前: 22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/06/14(木) 15:12 ID:???
中学の時にはじめて好きな子に告白した。

3年の体育祭のときに、俺は応援団にいて、
同じ応援団の女の子を好きになったんだ。
毎日放課後残って応援の練習して、終わったら
日が暮れて暗くなるまで話したりして…。
そんで本番の体育祭が終わった後、応援団だけで
打ち上げしたんだ。って言っても中学生だから
ボーリングとかで終わっちゃったけど。
その打ち上げが終わった後、その子を送ってく
途中で、暗くなった公園のベンチで「好きなんだ」
とやっとの思いで告げたんだ。
そしたら「私も好きだった」って言ってくれた。
本当に嬉しかった。それまでの人生で1番
素敵な日だった。これからずっとこんな最高の
日々が続くと信じて疑わなかった…。

でもその2ヶ月後に相手の親に受験を理由に
猛反対されて、お互い強くなれずに二人の
日々は終了してしまった。
でも、今でも忘れられないとても良い日だったと
心から言える。


343 名前: 22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/06/15(金) 01:45 ID:???
高3のはじめ、学校で一番成績がいい女の子と同じクラスになったんだけど、
俺はその女の子の友達に評判悪かったから、多分話はしないだろうなあ、と
思ってた。でも、掃除が一緒になったとき、向こうから声かけられたんだよね。
それは勉強の話だったんだけど、予想してたよりいい子だなと思った。俺の方が
成績は悪かったけど、目指してる大学は同じだったんで、大学は一人しか合格し
ないわけじゃないし、協力することにしたんだ。実際はそんなに協力する機会は
なかったけど、結局二人とも希望の大学に合格した。学部も同じだったんだけど、
その後はあまり話をしなくなっていった。でも、最初に声かけられた日のことは
今でも鮮明に覚えてるよ。


345 名前: 22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/06/15(金) 05:29 ID:???
高校2年生の時の話。
私ってブスだしクラスで存在感なかったし、ほんとにダサい女子高生でした。
でも、すごーく好きな野球部の先輩がいて、「私みたいなのに好きになられても
迷惑だろうな」と思いながらも、その先輩の卒業式の日に、思い切って写真を
取らせてもらいました。
そうしたら、むこうから「ありがとう」なんて言ってくれて感動しました。
その時の笑顔は今でも忘れられません。私に勇気を与えてくれました。


366 名前: ヘタレ 投稿日:2001/06/16(土) 05:56 ID:0XOGKhgo
このスレを読んで、いろんな思い出を思い出しました。
書きたいことがいっぱいあって困るけど、一つ書きます。
うろ覚えだから、本の引用とかが違ってたら、正しいのを教えてね。

高校の頃、いつも電話したり、話したりしてる女の子がいました。
他愛もないことを、ああだこうだと、延々と話し込むような相手。

あるとき、高校で男女の付き合いを取り締まるような雰囲気になって、
「放課後はすぐに帰れ!」とか言われてたんだけど、
そんなある日「でもさあ○○君、昨日読んだ本にね(山田詠美だったかな)
『放課後の役に立たない時間をできるだけたくさん過ごして下さい』って書いてあったよ。
私もそう思うよ」っとか言われてね、
「俺もそう思う」
「そうだよね。良かった」
とかいう会話をしていた。
何気ない会話だったけど、今でも憶えてます。


372 名前: 22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/06/16(土) 07:28 ID:???
一番楽しかった日、を一日上げることはできないけど、
中学〜高校時代の学校帰りは本当に楽しい日々だった。
クラスの違うみんなでワイワイ部活やって、帰りはみんなで
ゲーセン行ったり、友達の家に寄り道したり。休日には友人宅で
ゲーム大会。6人でコタツを取り合いながら麻雀したり。
海まで自転車で釣りに行ったりしてたなぁ。

単身東京にいる私が帰ると、昔のようにはしゃいで迎えてはくれてるけど
いつも控えめだったGは親と絶縁して連絡つかないし、Nは家業が忙しそうだ。
行き着けのゲーセンも潰れたし、もうみんなでチャリに乗ることもないだろう。

まぁ後5,6年もすれば、そっちで店開くだけの金も貯まりそうだから
それまでにGは親と仲直りしておけよ。Nもいい嫁さん探してさ。
またみんなで昔みたいに騒いで暮らせたら最高だよなぁ。
俺ももう少し頑張るからさ。


432 名前: 22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/06/17(日) 16:32 ID:???
3月の終わり、高校の卒業式の日。
謝恩会も終わって、みんな帰り始めていた時、中学からの友達に
「最後に母校に別れを告げに行こう」と誘われた。
結局、クラスも部活もバラバラな7人が集まった。
それぞれが友達ではあったが、こんな機会でもなければこのメンバ
ーで何かしようとは思わなかっただろう、奇妙な組み合わせだった。
学校のまわりを思い出話なんかをしながら散策した。
学校の裏手の小さな公園で、みんな童心に返って遊んだ。
ミニスカートも気にせずに、ジャングルジムや滑り台ではしゃいだ。
小さい頃は平気だったジャングルジムも、今では危なっかしさで少し
怖かったりして、時の流れを感じた。
早咲きの桜がもう咲いていた。

その時の光景が事ある度に、霞みがかったような感じで思い出される。
あの時間は確かに、現実とは違った時の流れ方をしていた。
ひどくゆっくりで、自分たちが望めば永遠に続くかのようだった。

思えばあの時が、大人たちの庇護の下で安全でありながら、とてつも
なく自由だった最後の時間だったように思う。


439 名前: 22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/06/17(日) 22:28 ID:???
好きな人と映画見に行った。
二人で並びながら夜の街を歩いた。
なんてことない事だけどあの日のことは忘れられない。


444 名前: 22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/06/18(月) 04:55 ID:???
高校の修学旅行。寝台列車で北海道へ向かった。寝台は男女別々だったけど、
偶然僕と僕が好きだったクラスの女の子はトイレの前で会った。僕らは二人
きりでデッキに立ちっぱなしで、ずーっとしゃべってた。今までお互いの恋人
の話はしたことなかったけど、その時はじめてそういう話がでた。彼女は僕に、
「誰か好きな人はいないの?」と聞いた。僕は目の前の彼女が好きだったけど、
勇気を出せずに曖昧な返事をした。
その話のあとも、僕らは外の真っ暗な景色を眺めながら話し合った。
今までで彼女と最も近い位置で、最も長く話して、最も好きだと思った時だった。
修学旅行のいい思い出です。


456 名前: 22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/06/18(月) 23:49 ID:???
工房の頃に友達に誘われてJAZZフェスを見に行った。
当時JAZZなんて(゚д゚)ハァ?って感じだったのだが、
友達の「興味なくても絶対面白いから」の言葉に渋々OKした。
駅から会場まで5kmぐらいあったと思うが、炎天下の中黙々と歩いた。
俺は友達に文句タラタラで友達は苦笑いしてた。
会場に着きプログラムが進行すると、初めての野外イベントは
想像以上に面白く、夕日が沈む時等は音楽と自然が見事にシンクロしていて
ため息が出るほど綺麗だった。
もうその頃には昼間友達に言った文句など忘却の彼方。
夜の帳が降りて最後の演奏が始まった。
曲は日野皓正がトランペット一本での「星に願いを」
泣けた。


458 名前: T 投稿日:2001/06/19(火) 02:22 ID:???
2ちゃんを見てて目頭が熱くなるとは思わなんだ。

俺が一番楽しかった「あの日」は、小6の時ドラクエ4の行列に並んだときかな。
真冬の夜中から並んで買った甲斐がありました。
今では行列は珍しいものになってしまったけど(秋葉原は例外)、楽しくて
嬉しくてワクワクした一日でした。

今は遠距離恋愛中の彼女と楽しい毎日を過ごしています。


466 名前: 22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/06/20(水) 05:57 ID:???
5年くらい前、両親と3人で初冬のパリを散歩した日。
母親が病弱だからもう2度と3人で一緒にパリを歩くことなんてないだろうと
なんとなく思ってた。
その後、絶対大丈夫だと思ってた父のほうが亡くなった。
もっと一緒にいろんなとこ行きたかったよ。おとうさん。


489 名前: 22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/06/21(木) 16:06 ID:???
私にゃそんな思い出ねぇよ、って思ってたけど、このスレ読んでて急に思い出した。
高3の学祭の最終日、皆で手繋いで「3-I最高!!」って飛び上がった事とか、
準備期間中にたまたま誕生日の友達にケーキ焼いていって皆で食べた事とか、
片思いの相手に恋愛相談された事とか、打ち上げで呑み会して騒いだ事とか。
教師が嫌いだったから、学祭以外の行事も殆どサボったし、学校自体もよくサボった。
でも、最後のクラスは本当に好きだったのよ。


496 名前: がんがん 投稿日:2001/06/21(木) 22:49 ID:1nTb7iz2
高校の修学旅行にて。
運良く大好きだった幼馴染のあのことバスの席は隣同士。
3日目の夕方、その一日の観光予定はすべて終わり、
バスの走る音を子守唄に、みんな疲れて眠ってた。
おいらもうとうとしながら目をつぶって静かにしていると、
不意に肩にかかる重み。彼女の頭だった。
かわいい寝息をたてる彼女を薄目で見ながら、
おいらも寝てるふりをして少し彼女のほうにもたれかかった。
バスは暮れかかる高原を滑るように走ってゆく。

陳腐なフレーズだが、
「このまま時が止まってしまえばいいのに」
と本気で思った初夏の夕暮れでした。


517 名前: mara-ri 投稿日:2001/06/23(土) 14:36 ID:???
高校三年の時学校残ってテスト勉強してたら帰るとき
好きな子と廊下で一緒になった。
そのことは仲の良い友達ってことになってたけど実は
俺の片思いで本当に大好きだった。

その日は午後から雨で傘持ってなかった俺はその子の
傘にいれてもらって帰ることになった。
「なんかめっちゃはずかしいわぁ」とかいってごまかしてた
けど実はめちゃくちゃ嬉しくて(神様はホンマにいるんやなぁ・・。)
とかマジで思ってた。でもすぐ雨は小ぶりになって「これ
やったら傘いらんね」って彼女は傘をしまった。
少し残念やったけどまぁええか、と思って空みたら雨があがりかけ
の空に虹が2本出てた。
そのあとは二人して凄い、とか綺麗、とか言って並んで帰った。

結局その子とはなんにもなかってんけど虹みるたびに2本の虹
と好きだった女の子のこと思い出します。


567 名前: ゆーすけ 投稿日:2001/06/26(火) 02:00 ID:???
20歳の時、ある発展途上国に派遣されて行った。
仲間と協力して学校建設を手伝い、クタクタになるまで働いた後
現地の子供と仲良くなれるように…と持ってきたリコーダーを
手にして散歩に出掛けることにした。
のんびり歩いてると、外国人が珍しいのか近所の子供が付いてくる。
カタコトの言葉で会話しているうちに何だか楽しくなってきて、
下手なリコーダーを吹きながら列を作ってひたすら歩き続けた。
ハーメルンの笛吹きみたいだなー、なんてふと思いつつ
改めて周りを見渡すと、見渡す限りの田園風景で夕日が射している。
ボーっと眺めてるうちに、何故だか涙が出てきたのを覚えています。


576 名前: 22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/06/27(水) 06:47 ID:qDIwwJKY
「楽しかった」とはちょっと違うかもしれないが、うんと若い頃、彼女と街中で
派手に喧嘩してしまい、今すぐ別れるか別れないかというところまで来てしまった。
もうおたがい仲直りしたいという雰囲気がつよく感じられていたのだが
意固地になってなかなか切り出せなかった。
無言のまま気まずい空気をひきつれて、コンビニに入った。
こうなったら冗談で話のきっかけをつかもうと思い、森永チョコボールをひとつ買ってみた。
「僕の愛の力は、チョコボールのエンゼルを引き当てるくらい強いんだ」
といいながら、彼女の前でチョコボールの封を切った。

本当にエンゼルが描かれていた。銀のエンゼルだったが。

まぶしかった。黄色いくちばしの形をした、チョコボールの箱の口に
銀のちいさな天使が描かれ、こちらをむいて微笑んでいる。
ほんの紙切れが最高の美術品のように思える瞬間があることを知った。

僕も十分びっくりしたが、それは彼女のほうも同じだったようだった。
だが、その驚いた顔はすぐに、銀のインクの天使と同じ笑顔にかわっていった。
奇跡ってのはあるもんだと、僕は思った。

数年後、結局恋人としての関係には終止符を打ってしまったが、お互いに
別の彼女や彼氏がいる今になっても、僕はエンゼルの彼女を
異性の友人としては一番信頼しているし、むこうもそう思ってくれているみたいだ。


601 名前: 22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/06/29(金) 13:26 ID:???
小中学校の卒業文集にさえ
「心に残る思い出、何もなし」と書いた私。
人並みの生活を送ることさえ出来ず、夢と希望は常に打ち砕かれ、
ただ目の前の出来事を受け入れることに専念した。
世の中に失望していたわけでもなく、
すべてに無気力だったわけでもなかったが、
気がつけば、ひどく冷めた少女時代を送っていた。
そんな私にも、ひとつだけ楽しかった思い出がある。
もう断片的にしか思い出せないけど・・・

ものごころついたころから、父はすでにいなかった。
4歳くらいのある夏の日、
家の前で遊んでいた私の前に父が現れた。
大喜びで家の中に飛び込んで、
夕食のカレーを作っていた母に向かって叫んだ。
「おとうさんが帰ってきたよーーー!!」
部屋の中でいっぱい遊んでもらった。
足で身体を宙に持ち上げてもらったり、
「たかいたかい」をしてもらったりした。
ずっと笑ってたせいでヨダレが父の顔に垂れた。
それを見てみんな大笑いした。私も大笑いした。
家族6人でカレーを食べた。母以外のみんな笑ってた。

嬉しくて楽しくて幸せ一杯だったあの日。
無邪気だったあの頃。何故か胸が痛くなる。


617 名前: 22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/06/30(土) 04:12 ID:???
今俺が住んでるマンションの屋上でよく付き合っていた彼女と
ビールを呑みながら夜中お喋りしていた。
その屋上からは新宿のビル街がきれいに見え、凄くロマンチック
な夜景のなか、いろんな事を話した。ある夜、彼女がふいに
「この景色ってずーっと見れるものなんかな?」って聞いてきた。
酒に酔ってた俺はガラにもなく「う〜ん・・・多分見れなくなると
思うよ。でも別にいいじゃん、二人でこの景色を見れた、ってだけでも
俺達にとってはいい景色になるはずだし、それが綺麗な思い出で二人の
中に残れば、これほどいい景色ないだろ?・・それに俺は、お前とこの
夜景が見れた、ってだけでも素晴らしい事だよ。こんなにいい景色の中
にお前までいるんだから・・・」なんてセリフを吐いてしまった。
彼女は感激したのか、涙を流してキスをしてくれた・・・・

・・・そんな彼女から、今月結婚したという手紙が俺の元にとどいた。
あれから3年。俺は今もこのマンションで一人、美しい夜景を見ている。
別に後悔はしてないよ。いい思い出の一つだし、今でもあの言葉は後悔してない。


784 名前: 22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/07/07(土) 20:37 ID:jhnzFPAA
このスレを見ていて、俺にはそんな日なかったよってひがんでたら、
突然外から花火の音がした。
そういえば今日は花火大会だったと気づいて、外へ出てみた。
花火の良く見える場所まで行くと、たくさんの人だかりが出来てた。

最後の大きな花火がはじけた瞬間、ふと彼女と一緒に見てた時のことを思い出した。
「なんだ、つまんねーな」って言ったのがいけなかったらしく、
帰り道ずっと口を聞いてくれなかった。
その頃の俺にとってはなんでもない一日だったが、
彼女にとってはあの日が幸せだったのかもしれない。

あたりまえのように過ごしてた中にそんな日があって、
ふとした瞬間に思い出すんだけど、同じ日は
もう戻ってこないんだなと思ったら泣けてきた。

結局、その彼女とは別れてしまったのだけれど、
もし会えたら「ありがとう」って言いたいと思う。

ネタみたいだけど、マジ話です。
ほんとに文章下手でスマソ。


822 名前: 22世紀を目指す名無しさん 投稿日:2001/07/12(木) 13:37 ID:???
就職して3年目位のとき 会社で仲のよかった女の子から「仕事終わったらおいで」
と内線電話があった
なんだろう?とおもいながら行ってみると その部署の女の子3人から
「誕生日おめでとう!」と言われ プレゼントをもらい ケーキを食べることになった
俺は子供のころから誕生日を祝ってもらったことがなかったので 必死で泣くのを我慢してた
でも 3人からハッピーバースデイの唄を贈られた途端 我慢できなくなってぼろぼろ泣いた
嬉しくて 少し恥ずかしかった
今はみんなばらばらで連絡も取れないけれど あのときの贈り物は大切にしまってある




  

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やめてくれ・・・・・・・
そんな日など無い!・・・orz
吐いた
高校中退して二ートの俺に対する嫌がらせは止めください
ここは懐かしの名スレを取り上げてくれるから好きです
恋愛スレよりもこういうスレのほうが心にくるわ
死にたくなるなあ
泣きたくなるね
そうか俺はまだ満足したことないから、上を目指しているんだなぁとおもた
もうこの際キャッポ時代の遠藤さんなんてどうでもいいですね
かうんたっく

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